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仙台高等裁判所 昭和47年(行コ)3号 判決 1974年7月08日

控訴人

有限会社平商事

右訴訟代理人

安達十郎

被控訴人

山形県

右訴訟代理人

山口弘三

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人は控訴人に対し、一〇万円およびこれに対する昭和四四年六月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴会社が昭和四三年七月三一日山形県知事から指令環第三八九三号をもつて蒸気を使用する公衆浴場の許可を受け、それ以来肩書住居地において「トルコハワイ」という名称で右浴場の営業をしていること、山形県知事の所轄下にある山形県公安委員会が昭和四四年二月二五日控訴会社に対し、右浴場は児童福祉法第七条に規定する児童福祉施設たる余目町立若竹児童遊園(以下本件児童遊園という。)から約134.5メートルの距離にあるため、控訴会社としては右浴場において個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する、いわゆる個室付浴場(以下トルコ風呂営業という。)を営むことができないのにこれを行つたという理由で、同年二月二六日から六〇日間控訴会社の右営業を停止する処分(以下本件停止処分という。)を行つたこと、控訴会社が右浴場の許可申請をしたのは、昭和四三年六月六日であること、山形県東田川郡余目町が控訴会社において右浴場の許可申請をした日以前である同年同月四日山形県知事に対し、右浴場所在地から約134.5メートルの地点にある本件児童遊園設置の認可申請を行い、控訴会社が右浴場許可を得た日以前の同月一〇日児童福祉法第三五条第三項所定の認可(以下本件認可処分という。)を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで本件認可処分の適否について判断する。

(一)  控訴人は、まず本件児童遊園が厚生大臣の定める児童福祉施設の最低基準に達していないなどの理由により、本件認可処分は違法無効である旨主張する。しかし、当裁判所も、本件児童遊園は認可当時厚生大臣の定める児童福祉施設の最低基準に達しており、かつ、その環境も必ずしも児童厚生施設の目的に合致していないものとはいえないと認める。その理由は、原判決が説示するところと同一であるから、原判決八枚目表一二行目から同一一枚日表六行目までの記載をここに引用する<一部訂正省略>

(二)  次に本件認可処分は、当時適法に許容さるべき控訴会社のトルコ風呂営業を阻止、妨害することを決定的な動機、目的としてなされた違法無効な行政処分である旨の控訴人の主張について判断する。

1  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 控訴会社代表者平庄市(以下平という。)は、かねてよりトルコ風呂営業を行うべく計画していたところ、昭和四一年頃から各地においてその立地条件や営業禁止区域等を調査した結果、昭和四二年夏頃にいたり山形県東田川郡余目町が最も立地条件が良いとの判断に到達し、しかも同町は風俗営業等取締法(以下風営法という。)第四条の四第二項の条例に基づく指定禁止区域に該当しないこと(余目町は、その当時はもちろん昭和四三年八月山形県の条例が改正されるまでは、トルコ風呂営業の禁止区域ではなかつた。)を確認した。右調査にあたり平は山形県庁に赴き、山形県条例を調べるとともに係員の説明を受け、またトルコ風呂営業のため必要な建築上の制限などについて指導を受けた。

(2) そこで平は余目町内において土地を物色した結果、昭和四三年三月頃同町の郊外で国道に面した肩書住居地を右営業のための敷地として入手することができた。右土地を購入するにあたり、平はその周囲二〇〇メートル以内の区域を丹念に調査し、風営法第四条の四第一項所定の官庁、学校(附近にあつた常万小学校は後記のようにその当時廃校となつていた。)、児童福祉施設等の公共用施設がないことをも確認した。

(3) 平は、その後直ちに伊藤政一に対し、トルコ風呂の建築設計および建築確認申請の手続を依頼した。同人も山形県庁等に赴き、右建設予定地にはトルコ風呂営業に関する地域的規制のないことを確かめたうえ、約一箇月間にわたり、山形県土木部建築課の指導を受けながら設計を行い、同年五月一一日平個人名義で余目町に対し個室付のトルコ風呂営業用建物の建築確認申請を行い、同申請書は同月一三日右建築課で受理された。平は、右建築確認申請とともに個人名義で山形県知事あてにトルコ風呂営業のための公衆浴場の許可申請をした。

(4) これより先同年四月中に平は富樫余目町長を訪ね、前記場所においてトルコ風呂営業を開設する予定であることを伝えたところ、同長は、町の発展のために好ましいことであると賛意を表していた。また平は同月下旬頃余目警察署長に対しても右と同様の趣旨を伝えた。

(5) 右建築確認申請書を受理した建築課は、衛生部環境衛生課、県警察本部防犯課の意見を聴いたうえ、後記のような注意書を付して同年五月二三日平に対し建築確認の通知をした。

(6) 他方、同年五月初旬頃から本件トルコ風呂開設の噂が次第に広まり、余目町常万部落民、山形県婦人連盟および同町婦人連合会などの婦人団体から余目町長に対して右トルコ風呂開設を阻止するよう陳情がなされ、その反対運動は日増に活発化していつた。その頃から町としても右トルコ風呂の開設を阻止する方針を打ち出し、まず町長、町議会議長が婦人団体とともに山形県知事、県警察本部その他関係部局に右開設阻止のための陳情を行うとともに、余目町をその営業禁止区域に指定するよう条例の改正を要望したが、県議会召集の時期の関係上、早急にこれを実現することは困難であることが判明した。

(7) かくするうち、同年五月一五日頃余目警察署は右建設予定地から至近の距離に本件児童遊園のあることに目を付け、その距離が約一五〇メートルであることを測量確認したうえ、県警察防犯課に報告した。その頃から山形県当局においては、右トルコ風呂を好ましからざる施設としてその開設を阻止すべきであるとの見解が強くなり、そのためには、余目町に働きかけ、本件児童遊園を児童福祉施設として認可する以外には方法はないとの方針を打ち出すに至つた。右開設阻止については県警察本部が特に強硬な態度を示し、県の他の部局においては営業の自由、既得権の侵害をおそれた消極論もないではなかつたが、結局右方針に同調することとなつた。そのようないきさつもあつて、平に対する前記確認通知書には、本件児童遊園を児童福祉施設とする動きもあり、それが認可されればトルコ風呂営業はなしえなくなる旨の注意書が付されるに至つた。

(8) 次いで、同月二五日開催の県議会厚生常任委員会において、トルコ風呂営業禁止区域の拡張を決める一方、本件トルコ風呂営業を阻止するための当面の対策を協議した。その席上、山形県の吉村民生部長は、「県としては好ましくない施設という立場から余目町に指導を行つてきた。しかし、去る二三日建築確認ずみであり、建築後申請される営業許可も認められる公算も強い。残された対策は建設予定地から約一三〇メートルある同地区の遊園地(無許可)を認可施設に昇格させる以外にない。そうすれば風営法に基づいて、いわゆるトルコ風呂営業はできなくなる。町当局も近く遊園地の認可申請をしてくれる方針である」旨県の態度を表明し、これによつて山形県が本件トルコ風呂営業を阻止するため積極的に余目町に対し指導、働きかけを行つていることが明らかとなつた。また同委員会の審議を傍聴していた富樫余目町長もその直後記者会見をし、「五月二七日の町臨時議会で本件児童遊園を認可施設とするよう議決、直ちに県に申請したい。一週間位あれば認可に必要な遊具などを完備できる」旨余目町の方針を説明した。

(9) ところで、本件児童遊園は、もと常万小学校の敷地の一部であつたが、同校が昭和四〇年頃小学校の統廃合により廃校となり、その敷地を民間に売却する際部落民の要望により子供の遊び場、部落公民館の敷地(町有地)として残されたものであつた。余目町内には遊園らしきものは、本件児童遊園を含めて五個所にあつたが、余目町としては財政上の理由で当面これを認可施設とする予定をもつていなかつた。しかるに、本件トルコ風呂開設の反対運動が起き、県警防犯課など県の関係機関から、本件児童遊園を認可施設とすることにより右営業を阻止しうる旨の指導を受けるや、町としては、今早急に本件児童遊園を認可施設とする格別の必要性はないのに、本件トルコ風呂営業を阻止するため急遽認可申請の方針を決め、とりあえず常万部落から遊具、砂場などの寄附を受けたうえ、短期間内に施設の基準に合致するよう一応整備し、五月二七日の町議会においてはじめての「余目町児童遊園設置条例」を制定して、本件児童遊園を町営のものとすることに可決し、直ちに山形県に対し本件児童遊園を児童福祉施設とする旨の認可の申請をしたが、不備があつたため一旦却下され、改めて補正のうえ、同年六月四日認可の申請をした。

(10) これを受けた山形県は、六月六日現地に係員を派遣し、その規模、設備等必要な条件を具備しているかどうかを調査したうえ、異例の早さをもつて六月一〇日山形県知事の名において右申請を認可するにいたつた。

(11) これより先平は、前記建築確認に基づいて本件浴場の建築に着手し、その工事は六月末頃には完成し、七月一一日には建築の検査済証が発行された。なお、平はそのことを直ちに環境衛生課に通知した。

(12) 平は、前記のように右確認申請と同時に個人名義で山形県知事に対して本件公衆浴場の許可申請をしたけれども、同年六月六日改めて控訴会社名義で許可申請をした。

(13) 右公衆浴場の許可は通常ならば要件を具備している限り(本件の場合その要件を欠いていたことを認めるに足りる証拠はない。)、建物完成後間もなくなされるにもかかわらず、本件の場合はかなり遅延し、同年七月三一日にいたつてその許可がなされた。

その間控訴会社は再三にわたり環境衛生課に赴き許可の促進方を申し入れたが、県警察本部が本件浴場が個室付であることを理由に終始許可に反対し続けたため、環境衛生課としては許可を出せない状態となつていた。

(14) 同年七月二五日県警察本部の提唱で、環境衛生課長ら出席のもとに、平に対して、本件公衆浴場を個室付でない構造に改め、かつ、異性の客に接触する役務を提供しない営業を行うよう再三勧告指導がなされた。しかし、控訴会社としては、浴場建物も既に完成しており、トルコ風呂営業を断念する考えがなかつたため、その勧告を拒否した。なおその際、県警側から右勧告に応じないでトルコ風呂営業を行うときは、風営法違反として取締を受け、かつ、営業停止の処分がなされる旨の警告がなされた。

(15) 同年七月二九日県警察本部の指示を受けた余目警察署員が控訴会社に対して。いわゆるトルコ風呂営業はしない旨の営業内容説明書の提出を求め、これを提出すれば本件公衆浴場の許可が出されることが明らかとなつた。そして当時余目町をトルコ風呂営業禁止区域に指定する旨の県条例が八月上旬頃施行の運びとなつていた。そこで控訴会社としては、トルコ風呂営業を断念する考えは毛頭ないのに、一刻も早く公衆浴場の許可を得たい一心でやむたく右要求に応じて七月三〇日前記趣旨の説明書を余目警察署および環境衛生課に提出した。その結果前記のようにその翌日本件公衆浴場の許可がなされた。

(16) けれども、控訴会社は同年九月頃からトルコ風呂営業をはじめたため、昭和四四年二月二五日付で山形県公安委員会から六〇日間その営業を停止する旨の本件停止処分を受けた。

<証拠判断省略>

2  以上認定したところによると、控訴会社の計画していた本件公衆浴場におけるトルコ風呂営業は、昭和四三年六月六日控訴会社が本件公衆浴場の許可を申請した段階においては、その営業の場所が指定禁止区域に該当せず、かつ、その周囲二〇〇メートル以内に風営法第四条の四第一項所定の公共用施設が存在しなかつたのであるから、本件浴場の営業許可がなされたときは、現行法上適法に営業をなしうるものであつたといわねばならない。

しかるに、その後同年六月一〇日に至つて本件浴場から134.5メートルの距離にある本件児童遊園が山形県知事により児童福祉施設として認可されたことにより、控訴会社としては、本件公衆浴場の営業許可を受けた場合、トルコ風呂営業以外の公衆浴場営業はなし得ても、同条の四第一項の規定により本件浴場においてはトルコ風呂営業はなし得ないこととなつたわけである。

3 ところで、本件児童遊園はさきに認定したように児童福祉施設としての基準に適合していたものであるから、客観的にみるとき、本件認可処分それ自体としては違法ということはできない。

しかしながら、前記認定によると、山形県および余目町当局は、余目町が条例による指定禁止区域に該当しない現状においては、控訴会社の本件トルコ風呂営業が適法なものとして許容されることになる関係上、右トルコ風呂営業を阻止するという共通の目的をもつて、間接的な手段を用いて右営業をなし得ない状態を作り出すべく、本件児童遊園の児童福祉施設への昇格という方法を案出した。そして余目町としては早急にこれを児童福祉施設とすべき具体的必要性は全くなかつたのに、山形県は余目町に対し積極的に指導、働きかけを行い、余目町当局もこれに呼応して本件認可申請に及んだものであり、結局山形県知事は余目町当局と意思相通じて、控訴会社の計画していたトルコ風呂営業を阻止、禁止すべく、本件児童遊園を児童福祉施設として認可したものというべきである(なお、右認定の経過に照らすとき、余目町がその形式はともかく実質的に全く独自の立場において本件認可申請に及んだものとは到底認められない。)。

4 してみると、山形県知事のなした本件認可処分は、控訴会社が現行法上適法になし得るトルコ風呂営業を阻止、禁止することを直接の動機、主たる目的としてなされたものであることは明らかであり、現今トルコ風呂営業の実態に照らし、その営業を法律上許容すべきかどうかという立法論はともかく、一定の障害事由のない限りこれを許容している現行法制のもとにおいては、右のような動機、目的をもつてなされた本件認可処分は、法の下における平等の理念に反するばかりでなく、憲法の保障する営業の自由を含む職業選択の自由ないしは私有財産権を侵害するものであつて、行政権の著しい濫用と評価しなければならない。すなわち、本件認可処分は、控訴会社の右トルコ風呂営業に対する関係においては違法かつ無効のものであり、控訴会社の本件トルコ風呂営業を禁止する根拠とはなりえないものである(このことは、本件の場合本件児童遊園認可申請の日が本件公衆浴場申請の日以前であつたことによつて消長をきたすものではない)。

三次に前記争いのない事実に、<証拠>によると、控訴会社は、本件停止処分を受ける数箇月以前から本件停止処分時まで、本件公衆浴場の経営により一箇月平均少くとも四〇万円の純収益(入浴者数一日平均三〇ないし四〇人、入浴料一人あたり一、〇〇〇円、必要経費一箇月四〇ないし五〇万円)を得ていたことが認められ、反証のない本件においては、六〇日間の本件停止処分により、約八〇万円の得べかりし利益を失つたことになる。

四そこで、本件認可処分と右逸失利益の喪失(損害)との間の因果関係について考えるに、前記認定の事実によると、本件停止処分は、本件児童遊園から二〇〇メートル以内の場所においてトルコ風呂営業を営むことができないのに控訴会社がこれを営んだという理由により風営法第四条の四第四項に基づいてなされたものであるが、右処分を行うについては本件認可処分の存在することが不可欠の前提とされており(本件認可処分が控訴会社に対してその効力を及ぼし得ないものであれば、本件停止処分はなされなかつたはずである。)、従つて本件認可処分がなされなければ右損害は生じなかつたという関係にあり、同時に右損害の発生は本件認可処分を不可欠の前提とする本件停止処分によつて通常生すべき損害とみることができる。のみならず、地方公共団体の公権力の行使にあたる公務員たる山形県知事によつてなされた本件認可処分が控訴会社のトルコ風呂営業を阻止、禁止することを直接の目的、主たる動機とするものであることは前に認定したところであつて、同知事としては、控訴会社が本件認可処分を無視してトルコ風呂営業を行うときは、法律上右認可処分を根拠として山形県公安委員会によつて営業停止処分がなされ、その結果控訴会社に営業上損害の発生することを当然予見、認識していたものと認められる(この点において本件処分は故意に基づく行為である。)。してみると、本件認可処分と損害の発生との間には法律上因果関係が存在する。

五以上によると、控訴人のその余の主張について判断するまでもなく、控訴会社は、公権力の行使にあたる山形県知事がその職務を行うにつき故意をもつてなした控訴会社に対する関係において違法な本件認可処分により前記逸失利益相当額の損害をこうむつたものと認定することができる。

なお、控訴会社が昭和四三年七月二九日本件公衆浴場の営業許可を受けるにつき、本件公衆浴場においてトルコ風呂営業をなさない旨の営業内容説明書を提出したことはさきに認定したとおりであるが、同じく右に認定した事情によると山形県としてはトルコ風呂は好ましくない施設であるとの見地から行政指導の一環として右説明書を徴したに過ぎないものであり、しかも本件停止処分は風営法第四条の四第四項に基づくものであつて、右処分の性質上右営業内容説明書による誓約に違反したことを右処分の要件とするものではないことは明らかであるから、右営業内容説明書の提出により本件認可処分の違法性が阻却される筋合はないものというべきである。

六よつて、被控訴人に対し右損害の賠償として一〇万円およびこれに対する本件停止処分以後の日である昭和四四年六月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当として認容すべく、右と趣旨を異にする原判決はこれを取り消すべきである。そこで民訴法第三八六条、第九六条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(佐藤幸太郎 佐々木泉 小林隆夫)

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